八柱神誠と埃

誠は冬の理、知恵は夏の理、金銭は春の理、力は秋の理、誠が表に現れて知恵裏表なり知恵が金を使い金が力を使う。欲しい惜しいの根を切るは誠。分け隔て無くして心を続ぎ怨みそねみりん気妬みの心を起こさざるを金銭。悪口仲言笑い誹謗の心を使わざるは知恵。自慢我慢高慢の心を捨てて人を立つる心を力と言う。

 

欲しいという心の埃を去り悪因縁を切ると云う心になるによりて心に誠というものが出る、惜しみの埃出し惜しみ負け惜しみ等の心と人を憎む心を去って知恵と云うものが出来、即ちの理を悟る知恵なり、諭す考える知恵、我が身可愛い埃別け隔ての心と人を怨み妬みの心去るから金銭が出来る並びに食物、高慢我慢等の埃と人を立て我が身丈立て我が意を突っ張る心去って力が出来る。

 

即ち心の力なり人を助ける教える道の力なり、尤も身体の力量は其内在り、以上神の心宇宙の真理に叶えば如何程でも心次第に得は備わる神より授かる知恵も力も神の貸し物日々常に心使う其使う心一つが我がの理、心の理に依ってあたはる出来る。又春はめぐむ恨み隔ての欲。夏は茂るもえる惜しむ隔ての欲。秋は実る高慢取込みの欲。冬は根に入る欲しいの欲。

 

人間身の内借物心一つ我がの理心一つ一つの心と云う其心と云うは我がの理という一つの心は八つに働くほしいおしいうらみはらだちかわいにくいよくこうまんと云う是れが心の働きという。其働きに裏と表有る使い様使い場所使い道が間違えば埃となる、水も火も風も(此世第一の宝)大切というても時に或は洪水となり火難暴風という此同じ大切な火水であれど所変れば難という。

 

人間の心もほしいとておしいとてかわいとて無くばならん心なれども只めんめんに我が身ほしいおしいかわいの心では埃となり罪を作る、なれど物大切人大切人を可愛いと思うて落さん様捨てんよう落ちる人を惜しみ壊れる品敗れる品を惜しみて通るは誠なれど、我が身骨を惜しみ人に与うる物惜しみは誰から見ても喜ぶの好くのと云う心であろうまい、すれば心がいかんのやない使い道がいかんのや使い道が分らんからや。

 

十人十色と云う同じ心の者一人もない元々同じ草木果物でも松や杉でも唯一つの実を蒔いて地へおろして段々修理する一つも隔てなく肥を施し一つ畑に作りても皆同じ物と云うは無い様なもの人間も元一つ月日様より産みおろし下された心にて岐美様の雛形より命一つの心のりに隔ては無けれ共ずつとおしならべて年限九億九万の水中八千八度の道中にころりと色合い数々に違うて来た。

 

欲しいが強い者もあれば惜しいの強い者もあり可愛いの強い者もあれば憎いの強い者もあり色々変わり来た同じ心の者無い様になりた、親子でも夫婦の中も兄弟も皆めいめいに心ちがうで、似たる心の理を寄せて親子という兄弟という何程似てるようでもよくよく見れば違う所ある、其違うは悪いやない之れでなくばならんのであれど、使い道の違うのがいかんのや、心ばえの違う所是れが見込みという「真実を見て役割をする」と仰せられたる所なり。