貸物借物の理の寓話 鈴 木 多 吉

 

 或る村落に誠に慈悲の深い大身の旦那があつた。又た其の村に非常に貧困ではあつたが極正直な義理堅い老爺があつた。此の貧乏な老爺は非常に旦那のお気に入りであつた。

 老爺には一人の息子があつた。其れが嫁をとつて孫が出来た。兎に角老爺さんにとつては初孫のことであるから成らん中から工面をして親類を始め村の内の懇意の家へ何か御祝を配りたいと思つて準備をしたが重箱がない。其れで重箱を借りに慈悲深い旦那の所へ行つた。

 すると慈悲深い旦那は

「暫く見えなかつたがアア良く来て呉れた。何か用があつて来たのか?」

と云つてお茶を出しながら懇に待遇した。

 老爺さんは

「実は且那様にチト御願があつて上りました。実は此度内に孫ができましたが、初孫のことではあり何なりとも印計りの御祝をさして戴きたいと思ひましたが困つたことには内には其の御祝を配る重箱がありません。何うか此方様の一番悪い重箱で良いから貸して戴きたい」

 其れを聞いて慈悲深い旦那は

「ハア其うかいなあ。其れは誠に易いことだ。何んなら内の一番良い重箱をつかつて貰ひたいものだ」と云ひながら番頭を呼んで倉から一番上等の重箱を出して来る様に命じた。

 老爺さんは立派な蒔絵の重箱を見て恐縮して

「旦那様此んな結構なお品は勿体な過ぎて拝借して参る訳に参りません。何うか御宅で一番悪いのを貸して戴きたいもので御座います」

と云つて御辞退すると慈悲深い旦那は其れを打ち消して

「其うでないから持つて行つて使つてくれ、内には幾らも重箱があるけれども用がないから倉へ蔵つて置くのだ。サア/\遠慮はないから持つて行つて使つたが良い。」

「其れから伏紗も要るであらうが、伏紗はあるか何うか?」

「伏紗も御座いませんから何うか何の様な品でも宜敷う御座いますから貸して戴きたいもので御座います」

「よし/\。然し内のは内の定紋がついて居るが其れでも良いか?」

「結好で御座います」

 其処で老爺さんは上等の重箱と上等の伏紗とを借りてニコ/\して家に帰つて来た。而して翌くる朝一番早く起きて赤飯を炊き先づ旦那の所へ一番先きに上げ其れから近所へ配つて目出度く祝を済ました。

 性来堅い老爺さんであるから配りがすむと早速其の重箱を丁寧に洗ひ、塵一つ葉止まらぬ様に奇麗に/\に拭いて旦那の所へ返へしに行つた。

 元より貧乏であるから御礼と云つて何も持つて行く様なものはない。其処で仕方がないから途中で饅頭を買つて重箱につけて

「誠に有難う御座いました。此れは誠に粗末なもので御座いますが何御不自由ないところ坊ちやんに一つ上げて戴きたい」

と云つて出すと旦那は

「其れは滅相な事だ。己の内にあつても未だ一度も使つたことはないがお前の御蔭で彼処の内には良い物があると知らせて貰つて有難い。折角のものだから貰つて置く」

と云て反対に礼を云て老爺を帰した後で慈悲深い且那は義理堅い老爺が重箱を返し来たことから村の作兵エ(仮名)に貸して置いた重箱のことを思ひ出し番頭を呼んで重箱は返して来たか何うか訊ねた。 

 番頭の云ふには、

「実は彼処の内は今迄二度も三度も催促にやつたので御座いますが未だ持つて参りません。今直ぐ丁稚に取り遣らせませう」

と云つて早速丁稚を呼んで作兵エのところへ催促にやつた。丁稚の行つた時は作兵エ夫婦は外へ出て農事をして居たが上つて来て

「小僧さん、度々足を運んで誠にすまなかつたね。今直ぐ持つて行くから宜敷云つて呉れ」

と云つて早速内へ帰つて持つて行つたが其の内は物を粗略に扱ふ内であるから重箱の中には埃は溜まつて居る。赤飯の固まつたのはついて居る。前の律義の老爺とは雲泥の相違である。

 番頭は大変怒つて主人の前に出で

「旦那様此の作兵エは何時内の品物を借りて行つても一度も満足のことをして返したことは御座いません。今度は彼んな者には何も貸さないが宜う御座います」

 慈悲深い旦那の云ふには

「コレ/\番頭や、其の様なこと必らず云ふものではない。もし己の所で物を貸さんと云へば村の者が差支へるではないか。けれども彼んな者には何時借りに来ても良い物を貸してやることはならん。悪い物を貸してやれ」

と仰つたと云ふことである。

 

 此の話は教祖が梅谷様に話し、私は梅谷様から聞いたのでありますが此の慈悲深い旦那と云ふのはとりもなほさず我々の天の親様をさして云はれたものと思はれます。

 天の親様の許には何んな結好なものもある。なれども此の作兵エの様なことをして此の身上を返したら又た結好なものを貸して戴 くことはできません。充分に磨き上げて返したら親様も御喜びになりますし又何んな結構な身上も貸して戴けます。「皆さん良う思案して戴きたい」と梅谷先生の御話でありました。